今回は、 ” 「三つ星学部」? ” というテーマでかんがえてみます。

本当に、「なんだかなぁ~」というニュースばかりの世の中ですが、またしても国(文科省)がやってくれそうです、、
2030年をめどに、大学の評価をしてランクをつけるという、どこかの予備校のようなことをやるそうです。
< 大学学部ごとに質を「三つ星」から4段階で評価へ…入学後の成長を重視、「要改善」なら助成金減額などペナルティー >
文部科学省が導入を目指している、国公私立大学の学部ごとに教育の質を評価する制度の概要案が判明した。学生の成長や卒業後の評判などに基づき、最高ランクの「三つ星」から「要改善」までの4段階で評価結果を示す。少子化が急速に進む中、受験生が入試偏差値ではなく、教育内容で大学を比較できる環境づくりを急ぐ。
新制度では、大学入学後の教育による学生の成長を重視。大学があらかじめ学部ごとに設定した、学生が卒業までに身につけておくべき資質や能力に基づき、授業の成績など学修状況や、成長実感や教育への満足度に関する学生調査結果、就職率などの指標を用いて第三者機関が評価付けを行う。
教育成果の度合いに応じて、3~1の星を付与。法令で定められている最低限度の水準にも達していなければ「要改善」とする。高評価を得た大学には国からの助成金を増やす一方、「要改善」評価の大学には減額などのペナルティーを科すことも検討。
(教育の質を測る主な指標)
・教育への満足度や成長実感を示す学生調査結果
・学生の資質・能力の伸びを測る成績や学修状況
・就職・進学状況な度人材輩出データ
・卒業生の活躍などを把握する企業アンケート結果
(4段階で評価)
「☆☆☆」、「☆☆」、「☆」、「要改善」
だそうです。
” どこまでも右肩下がりの坂を転がり落ちていっている ” という感じですね?
このニュースについては SNS などでも多くの教育関係者(?)や教員などが否定的な意見を述べているようですが、ここでも少しだけ意見を言ってみます。
「大学学部ごとにランクをつける」
これだけで、大学というか学校、教育、学習の ” 全ての意味・意義 ” が何一つわかっていない証拠ですね?
たしかに、今の学校教育には大きな問題があります。しかし、「学校教育を改善しようとするのではなく」、現状の学校教育を意味不明の内容でランク付けし、ダメなところには助成金を減らす、、、という脅しのような方策で、一体何が良くなるのでしょう?
ミシュランが飲食店に☆を付けることと同じように大学学部に☆をという発想自体もあまりにも安易で稚拙ですし、その ” 指標 ” というのがまたまたとんでもない内容です。
「主な指標」としての4つですが、
1.教育への満足度や成長実感を示す学生調査結果
2.学生の資質・能力の伸びを測る成績や学修状況
3.就職・進学状況な度人材輩出データ
4.卒業生の活躍などを把握する企業アンケート結果
2.は、まぁいいでしょう、、、学習の習得状況をチェックするのは当たり前のことですし、、、とは言っても、教育自体が歪む要因(塾がやってるような、学習内容レベルの操作、学校推薦の欺瞞等)にも成りえるかもしれません。
やろうと思えば、教授側が、最初は誰も理解できなような内容を提示し、その後に徐々に簡単な内容に移行していけば、当然習得(成績)の曲線は上がって行くでしょうし、、、大学としては、助成金をこれ以上減らされては困るので、そのような方略を取ることは十分に考えられます(ゴールを動かさなければ、それはそれで1つの教育方略ではありますが)。
1.4.については ” 単なる感想 ” ですし、3.については、まさに多くの塾の前に張り出している「〇×大学△□学部 合格!」というモノと同じですね?
このことにより、大学自体の存在が、今以上に ” ブランド以外何もない ” という状況になることは目に見えています。
学生が、 ” 何を ”、” どれだけの内容を ”、「学び」「習得し」「何ができるようになったか」などはどうでもよくて、今もある、
「 AI で有名な ” 松〇研出身 ” です!」
だけで ” 素晴らしい人 ” みたいな、全く無意味なことを国がどんどん推奨しようとしているわけです。
現状において、大学は、 ” 学びたいことを専門的に学べる場 ” です。勿論、学びたくなくて ” 就職するためだけの場 ” だという人たちも多くいますが、それはそれでいいのです。
しかし、
” 学びたいことを専門的に学べる場 ” をこれ以上国が壊さないで欲しい
と思うのです。
「独立行政法人化により国公立大は貧窮」し、
「無能な学校経営層は学費を上げるだけという馬鹿げた方策」を取り、
「理系人間しか必要ないというインフルエンサーの口車」に乗り、
「企業は専門性を学ぶ前に採用を決める」、、、、
過去の「日本スゴイ!」の ” プライド ” や ” 美化された思い出 ” を永遠に捨てられず、教育・学習の中身を考えるのではなく、 ” 似非ブランドに身を包もう ” という思考、、、、、
「国際卓越研究大学」の思考も同じですが、
” 教育・学習に下らないプライドや似非ブランドなどは不要 ”
だと思うのですが、劣化する国の発想としては、もうそんなことしかないのでしょうね(?)