今回は、 ” 「惰性」で続けることの正義 ” というテーマで少しだけ考えてみます。

” 「習慣」はイイ ”
” 「惰性」はダメ ”
となんとなく思っている人は多いと思います。
「だらだらやるならヤメテしまえ!」
「惰性でやるな!」
「モチベーションが大事」
「惰性」というコトバは一般的にネガティブなイメージで捉えられますが、教育・学習という行為においては、それほどダメなことではないように思ったりもします。
(習慣)
自動化された行動の仕組み
習慣は比較的中立的な概念
「なぜやるのか」を意識しなくても行動が再現される
習慣には方向性が含まれていない
(惰性)
それまでの流れによって続いている状態
物理学の「慣性」から来た言葉
本来は、今まで続いていたから続いているという意味
習慣よりも「継続の勢い」に焦点が当たっている
(教育・学習を「惰性」で続けること)
・「主体性」 → 「習慣」 → 「惰性」 という形態をとることが多い
・一般にはあまり肯定的に語られない
・「常に高いモチベーションで学び続けている」のではなく、「やる気がなくても続けられる状態」を作ることは重要
(メリット)
・モチベーションへの依存を減らせる
「やる気が出たら勉強する」というスタイルは不安定であり、自動化された学習を行うことができる
意志力の消耗を減らすことができる
「勉強したいから勉強する」ではなく、「勉強するのが当たり前だから勉強する」という状態で
・学習の総量を確保できる
総学習量を大きくすることができる
「何もしない日」を減らす効果
・理解の深化には時間が必要
学習には「寝かせる」過程があり、今日理解できなかったことが後日理解できることがある
学習との接触を続けていると、知識が繰り返し活性化され、徐々に知識同士のネットワークが形成される
認知構造が変化する
・アイデンティティ形成につながる
継続的な行動は、「私は勉強する人間だ」という自己認識を生む
行動が安定する
・惰性は創造性の土台になる
創造的な成果の大部分は膨大な基礎知識の上に成立するため、続けることで、知識の蓄積が起こる
創造性は惰性の反対側にあるのではなく、しばしば惰性による蓄積の上に生まれる
といった感じです。
学習者が常に主体的であり、モチベーションを維持できるなどということはありませんし、「継続」においては「惰性」が重要だと思います。
人は「疲れ」「嫌になり」「面倒くさくなり」「やめたがり」ます。
やめてしまえば、そこでお終いだということはカリスマ経営者に言われなくても誰もがわかっています。
勿論、” 確実に必要のないことを「惰性」で続ける ” 必要はありませんが、それがわからないのであれば、「惰性」で続ける必要もあると思いますし、それが学習になります。
” 「惰性」で続けること ” は結構な ” 正義 ” です。
教える側の人は学習者の「惰性」を嫌いますが、その意識は変えるべきだと思います。
勉強でもスポーツでも仕事でも、「惰性」の重要性がもっと語られるべきではないでしょうか・・・
「マインドではなく行動」
などと言うにも係らず、「惰性は嫌う」というのは、人がもともと持って生まれた考えではないように思うのですが・・・








