今回は、「理想の生徒(学生)とは何か?」というテーマで考えてみます。

教師、教員はよく「理想の生徒(学生)」というコトバを使ったりします。
(教師、教員が想定する「理想の生徒(学生)」)
・学ぶ意欲がある
知識や技能を身につけようとする前向きな姿勢がある
分からないことをそのままにせず、理解しようとする
完璧である必要はなく、「学ぼうとする姿勢」が最も重要
・素直さ・柔軟さ
指摘やアドバイスを受け入れられる
自分の考えに固執しすぎず、改善しようとする
伸びる生徒は「間違いを学びに変える力」がある
・主体性(自分で考えて動く)
指示待ちではなく、自分で考えて行動できる
疑問を持ち、質問や意見を発信できる
授業は一方通行ではなく、双方向で成り立つため重要な要素
・基本的なルールや態度を守る
遅刻や提出物などの基本を守る
周囲の人を尊重し、授業の環境を整える
教師にとっては「教えやすい環境」を作ってくれる存在
・ 継続力・努力できる力
すぐに結果が出なくても取り組み続ける
苦手なことから逃げない
成績よりも「努力のプロセス」を重視する教師も多い
・周囲への配慮
クラスメイトと協力できる
授業中の雰囲気を大切にする
クラス全体の学びに良い影響を与える生徒は高く評価される
教師にとっての理想の生徒は、
” 「完璧な生徒」ではなく、「成長しようとする生徒」 ”
” 成績が良いことよりも、学ぶ姿勢、素直さ、努力や変化の意欲 ”
” 人としての態度 ”を重視 ”
といったところです。
どうでしょう? 余りにも身勝手な言い分ですね?
教師、教員が求める「理想の生徒(学生)」などに何の意味もありません。
なぜなら、方向が間違っているからです。
教師、教員という職種は、あくまで生徒(学生)のため、生徒(学生)がいてこそ成り立つモノです。
生徒(学生)がいなくて、教師、教員という立場はありえません(勿論、精神的な導きをするような ” 師匠 ” みたいな存在はあるかもしれませんが、、、)。
そのヒエラルキーを自分たちで逆転させてしまっているわけです。
教師、教員が求める「理想の生徒(学生)」というベクトルではなく、生徒(学生)が求める「理想の生徒(学生)」となると、ある程度まともに考えてもいいかもしれません。
「彼のように数学の深い知識を身に着けたい」
「彼女のようなタイムで100mを走りたい」
「いじめを止められる強さがほしい」
などなど、、、
生徒(学生)が求める「理想の生徒(学生)」を考えられるように導いていくのが教師、教員の役割だと思うのですが、ほとんどの「先生さま」は自分の方が偉いんだという認識で仕事をしています。
「理想の生徒(学生)」などというコトバを口にする教師、教員ははやく AI に取ってかわられたほうがいいですね、、、
などと、思ったりしています。