今回は、”「クリティカル・シンキング(critical thinking)力の高さ」と「学習」 ” について考えてみます。
クリティカル・シンキングが、社会、企業において「仕事ができる、できない」ということに関連しているか? と考えると、おそらく ” 非常に重要である ” と考えています。

(クリティカル・シンキング(critical thinking))
・情報を客観的に分析し、評価する能力。
・情報を明確に定義、信憑性を評価、論理的に推論、問題解決に応用する能力。
・単に情報を記憶するだけでなく、それを深く理解し、新たな視点から考えることを強調する。
・自分の思考や信念についても批判的に考え、それらがどのように自分の判断や行動に影響を与えているかを理解することを重視。
・経験や直感だけに頼らず「客観的な視点で」考えるためのスキル。
・問題を解決する力。客観的な視点で考えた内容を周囲の人に納得感のあるかたちで伝える力。
といったところですね?
企業人なら、会社や研修、ビジネス書等でご存じだと思いますし、例の「21世紀型スキル」にも入っているので、学校でも教えられたかもしれませんね。
私的にも、「教える側」の人たちや何十回かの講演でも、
「教育には、ロジカルシンキング よりも寧ろ クリティカル・シンキング の方が大事です・・・」
などとレクチャーしてきました。
クリティカル・シンキングは、「批判的思考」というネガティブな訳(?)のせいで、かなり誤解されてはいます。
「論破」「批判」「それはあなたの感想ですよね?」みたいなことが軽薄なインフルエンサーによって拡散されてしまい、そういった考えのように思われている人も多いのではないでしょうか?
「誤りや悪い点を指摘すること。あげつらうこと」という「批判」の意味で捉えてしまえば、仕方のないことかもしれませんが、
クリティカル(critical)の「注意深く物事を熟慮・検討したり、何が良い面で何が悪い面かを判断する」
という本来の意味が置き去りになってしまっています。
ジョン・デューイは同じ内容のことを「反省的(reflective)」と表現していますし、ロバート・エニスは、「何を信じ、何を行うかの決定に焦点を当てた合理的で反省的な思考」と論じ、
ダイアン・ハルパーンは、
「批判とはあら探しではなく、理想的には思考過程を改善するための情報の提供をも意味し、批判的思考とは、複雑な判断、分析、統合、また省察的な思考や自己モニタリングを含み、文脈に敏感な高次元の思考技能」
と言っています。
クリティカル・シンキングのメリットとデメリットは、
(メリット)
・問題解決能力の向上
情報を分析し、評価する能力を高めるため、問題解決に有効。
・意思決定力の向上
情報を客観的に評価し、論理的な結論を導く能力は、日常生活からビジネスまで、様々な状況での意思決定に役立つ。
・自己学習能力の向上
自分の思考を分析し、評価するクリティカルシンキングのスキルは、自己学習能力を高める。
・独立思考力の養成
自分自身の考えや信念に対しても批判的に考えることで、他人の意見に流されずに独立した思考を持つことができる。
(デメリット)
・時間と労力
クリティカルシンキングは情報を深く分析し、評価するためには時間と労力が必要。
・対人関係への影響
自分の意見を強く主張することは、時に他人との関係に摩擦を生む可能性がある。
・混乱や不安
自分の信念や価値観について深く考えることは、時に混乱や不安を感じる原因になる可能性もある。
・過度な批判性
批判的思考が過度になると、全てを否定的に見る傾向になったり、他人の意見を尊重しなくなる恐れもある。
といったことがよくいわれます。
冒頭でも記しましたが、企業での仕事、教える側(これも仕事)には、” 非常に重要な能力 ” だと思います。
「客観的」に物事を評価することは仕事においては大事なことです(すべてがそれで上手くいくような世界ではありませんが)し、「メタ認知」とも重なる部分もあります。
「教育デザイン」を作成したり、インストラクションを行うには、間違いなくクリティカル・シンキングが必要だと思います。
では、
「クリティカル・シンキング(critical thinking)力の高い人」が、「学習ができる人」か?
というと、実はそうとも言い切れないような気がします。
「クリティカル・シンキング(critical thinking)力の高い人」は、
新しい情報を理解し、分析し、評価する能力が高いと言われています。よって、理論的には学習成績が良い
と考えられています。
しかし、これは ” ごく一部の学習者にのみ ” に当てはまる事例のように思うのです。
一般の学習者にとって「学習」というのは、事前に「学習目標」が設定・提示されており、それをクリアするために、その内容を学習するわけです。
逆に言えば、それ以外のことはそこでは「学習」する必要もないし、別の内容は別の「学習」で行われるべきものだと思うのです。
トータルにすべてのことを知り、理解することなど人間には不可能です。
勿論、クリティカル・シンキングを否定するつもりはありませんし、完全に肯定派ですが、「学習」に持ち込む必要があるものなのか? と考えてしまうのです。
何度も記しますが、教育関連企業の利益のために「教育・学習」の世界には、常にトレンドが生み出され、現れては消えていきます。
クリティカル・シンキングもそうでした。
「学習にはクリティカル・シンキングが必要!」
と数年前に騒がれましたが、その当時から「そうかなぁ?」と思っていました。
また、「メタ認知」も同じですが、クリティカル・シンキングも目に見える現象ではありません。
現在では「クリティカル・シンキング研修」のようなものもあり、「クリティカル・シンキングを身に着けるには、、、」などという書籍も多くありますが、結構いい加減なモノもあるので、
「学習」においては、
あくまで「客観性」をある程度重視する!
くらいでいいのではないかと思います。
どうしても、「クリティカル・シンキング」が必要と考え、その能力を測りたいのであれば、
CCTST(California Critical Thinking Skills Test)というモノもあります。
(CCTST)
・カリフォルニア大学が開発した批判的思考力を測定するための試験。
・大学や企業での思考力の評価ツールとして使用される。
・CCTSTは5つの領域を評価する。
>評価:情報、証拠、または主張の信頼性や信憑性を判断する能力。
>推論:情報から論理的な結論を導き出す能力。
>問題解決:問題を認識し、解決策を開発・実施する能力。
>解釈:情報や概念を理解し、明確化する能力。
>分析:情報を分解し、それがどのように関連し、どのように影響を与えるかを理解する能力。
まぁ、潜在的な「クリティカル・シンキング」の能力が少しは測れるのかもしれませんが、、、、少し怪しいとは思います。