今回は、「インプットする情報 の ”意識的な選択 ” が生み出す ”差 ”」 というテーマで少し考えてみます。

「良質なアウトプットを生むためには、インプットする情報が良質である必要がある」
などと、研修などでよく言われますね?
また、こういったことだけを書いた ”独学指南書 ”、”ビジネス書 ” も星の数ほどあります。
「〇×大生の8割がやっていた・・・」
「できる上司の仕事術・・・」
「同僚に差をつけて優秀社員になるには・・・」
みたいな感じですね?
このことは、至極当たり前のことです。” 的外れのインプット ” をして実際のアウトプットに結びつかなくては全く意味がありません。
” 敢えて言われれば ” 、誰もが簡単にわかることゆえ、研修やビジネス書で盛大に取り上げられるのです。
そこで、インプットする情報を「選択」すること、「意識的」に行うということについて考えてみると、
(インプットする情報の選択)
多くの情報が存在する現代社会では、どの情報を選択し、どの情報を無視するかが重要なスキルとなっている。
適切な情報を選択することで、意思決定の質を高めたり、時間を無駄にしないためにも、情報の選択は意識的に行うべき。
自分が何を学びたいのか、何を達成したいのかといった目標に基づいて情報を選択することが、効率的な学習や成果の向上につながる。
(インプットする情報を選択するメリットとデメリット)
(メリット)
・質の高い情報を得る
自分が必要とする情報を意識的に選択することで、必要な情報を確実に得ることができる。
・時間の効率化
不要な情報を避けることで、情報を取り入れる時間を効率的に使うことができる。
・目標達成
目標に対する適切な情報を選択することで、目標達成の可能性が高まる。
・意思決定の質向上
適切な情報を選択することで、よりよい意思決定を行うことができる。
(デメリット)
・情報選択に時間と労力がかかる
意識的に情報を選択するには、そのための時間と労力が必要。
・適切な情報を見逃す可能性
特定の情報のみに焦点を当てると、他の重要な情報を見逃す可能性がある。
・確証バイアス
自分の既存の信念や意見を裏付ける情報のみを選びがちになり、偏った視点を持つ可能性があり(確証バイアス)、全体像を見失う原因となる。
といった類のことですね?
そこで、「インプットする情報 の ”意識的な選択 ” が生み出す ”差 ”」です。
インプットする際、その情報が、
(1)ほんとうに必要な情報か
(2)それほど必要な情報ではないのか
(3)全く必要がない情報なのか
ということを、「意識的」に「選択」することが、「良質なアウトプットを生む」ということですね?
「良質なアウトプット」というのは、
・仕事で成果を出せる
・テストでいい点をとれる
といったことです。
” インプットする情報 ”というのは、
” 意図的 ” に学習する
場合のことで、意識せずに入ってくる情報については別の話です。
(1)と(3)の ”選択 ” は比較的容易にできることもあると思います。
しかし、(1)と(2)の ”選択 ”は非常に難しいですね?
例えば、参考書を購入する際に、どの本を選ぶか? とか、「ロジカルシンキング研修」を受けるか「アンガーマネージメント研修」、、、というような ”選択 ” です。
こういったことで(1)か(2)を ”選択 ”するということを、簡単に
・「意識的」に「選択」する
・ プライオリティをつける(原因・方法・思考ツール)
などと教えたり、書籍として出すことには非常に懐疑的です。
勿論、「学習」においては、
この ” 選択 ” が大きな ” 差 ” を生み出す
わけです。
場合によって、学習者の「前提知識」や「関連知識」が大きく関係していますし、もしかすると学習者の特性も少しは関与しているかもしれませんが、
その ” 差 ” を無くす、小さくすることが「教育」
の役割です。
有効な ”選択 ” ができるように、アドバイスや、足場架けをする「教育」があってこそ、「学習格差」を無くしていけるのだと思います。
「差」や「格差」というと、無能なメディアや学者、専門家さんたちは、
”経済的な差(親の年収)が「教育格差」を生んでいる ”
みたいなことをつねに騒ぎ立てますが、
子供の頃から3つの学習塾、小学校お受験、SAPIX→鉄緑会→ などという、金銭的な「教育格差」など本当はどうでもいいことです。
「教育格差」というのは、親の妬み、自慢、塾・学校の名誉欲、儲け、、、そんなモノでしかありませんし、
それよりも、インプットする情報 の ”選択 ” が学習者にできるように導く「教育」により、「学習格差」を無くすことが重要なことだと思うのです。
「教育」をする人たちが学びさえすれば、いいだけの話なのですが、、、