今回は、「AIによる教育はユートピアなのか?」 というテーマで少し考えてみます。

ChatGPT の登場による第何次かの「AIブーム」も少し落ち着きつつあります。それは、AI によってできることと、できないことがかなり明確になってきたからだと思います。
AI についてこれまで何の知識もなかった大多数の人たちは、ChatGPT を使えば「あらゆることが無人化」できたり、「人の仕事がAI にとってかわられる」、、などと騒ぎ立てました(シンギュラリティなどという絵に描いた餅を見せつける人たちも多かったですね?)。
たしかに ChatGPT はそれまで ”AI ” と呼ばれていたものとは比較にならないほどのアピールがあり、正確性が一段階上げられた感はありました。
また、Chat という形式により提示される内容が目に見えて ” 正しそう ” に思えたからですね? (一時期、chatbot なんていい加減なモノもはやりましたが、、、、)。
しかし、本当は「ハルシネーション (hallucination) が寛容されるわけ」に記しましたが、すべてが正しいわけではなく、判別できないことについては ” 嘘 ” を捏造してしまうということが徐々に明らかになり、使える用途がかなり限定されてしまいました。
そこで、「教育」の業界においても、若干ですが「AIによる教育」がトーンダウンしてきたように感じます。
(AIによる教育)が実現すれば、
・ 個別化学習の促進
個々の学習者の進捗や理解度をリアルタイムで分析し、それに基づいて最適な学習プランを提供することができ、各学生が自分のペースで学習を進めることが可能になる。
・自動評価とフィードバック
テストの自動採点やレポートの評価を迅速に行うことができ、教師はより多くの時間を学生との直接的な対話や指導に費やすことができるようになる。
・バーチャルチューターとアシスタント
バーチャルチューターやアシスタントが、学生の質問に24時間対応し、学習を支援することが可能となり、学習の効率性が大幅に向上する。
・データ分析による学習の最適化
膨大なデータを分析し、どの教材や教育方法が最も効果的かを特定することができ、教育機関はカリキュラムを最適化し、より効果的な教育を提供することができる。
・インクルーシブ教育の実現
特別な支援を必要とする学生に対する教育の質を向上させることができる。
・ライフロングラーニングの支援
職業訓練やスキルアップのためのオンラインコースやモジュールを提供し続けることで、生涯にわたる学習を支援でき、社会全体の学習機会が広がる。
・校務の効率化
出席管理、成績管理、事務作業の自動化など、校務の効率化が進み、教師や管理職の負担が軽減される。
・新しい教育モデルの創出
フリップド・クラスルームやブレンディッド・ラーニングなどの新しい教育モデルが普及でき、教育の質や効果がさらに向上する。
みたいなことを多くの教育関連企業やアカデミアの先生たちが提言しました。
上記のようなことが実現できれば、教育関係者にとってはまさしく「ユートピア」なのかもしれません。
教師、教授、教育担当者は、自分の研究や事務処理、部活の指導(?)などにパワーを移動することが可能となります(例の ” 教師のバトン ” も無くなってしまうのではないでしょうか?)。
というか、もはや「教える」という行為がなくなるのですから、インストラクショナルデザインの世界においても「ユートピア」ですね?
「教育デザイン」を考えてインプットさえすれば、あとはすべて AI がやってくれる世界です。形成的評価によるデザイン変更も自動的にやってくれます!
そして主役である「学習者」にとっては100%の「ユートピア」です。
昔の流行歌「ガンダーラ」の世界です、、、、古すぎですが。
「教育」というのは何度も記しますが、「学習の支援」であるという真理を考えるとすると、AIでカバーできない心理や精神的な面をサポートすることが、これまで「教える側」にいた人たちの職務になります。
このような「ユートピア」は、本気でやろうとすれば実は現在の ” AI ” のレベルで十分に実現可能です。
これは、「 AI にできることと、できないこと」のうち、” できること ” だからです。
「優秀な教師の手法やコンピテンシーを AI に持たせるということか?」
というと、そういうことではありません。
極論を言ってしまうと、
「教えること」に「優秀」も「普通」も「ダメ」もありません。
” ご講演座学 ” で教えているという気になっているだけで、すべてがダメだということです。
学習者の「学習」にならないことを、これまでの慣習でずっとやってきたのが、学校教育であり、企業内教育です。
真正な「教育デザイン」を作成し、何が学習者にとって効果的・効率的かと考えることが「教師」の役割です。
そして、「教育」の方略や実施は、今の AI で十分に対応可能です。
なぜなら、通常の「教育・学習」というのは、” 創造的 ” な行為ではありません。
テキスト、文献、、等に残された、過去の知識やスキルを習得するということです。
「創造性を育む教育も必要だろ!」
と言われれば、
「確かに ” 創造性 ” を育むことは重要です」
が、
「幼児教育」などでは少しはあるのかもしれませんが、
「” 創造性 ” とは、学習者が「学習」をして知識・スキルを習得した後、学習者が独自に育むモノ」
だと思うのです。
全く無知な人たちや、知っていても自分の利益のために嘘を吐く人たちは、すぐに「教育・学習」に ” 創造性 ” や ” 探究 ” というコトバを持ち出し、それがトレンドになっては消えていきます(なんか、ショーペンハウアーみたいになってきましたが、、、)。
「教育」に” 創造性 ” を育む力はほとんどない
と思っています。
もし、「創造性を育む教育」などというモノがあるのだとしたら、今のような世の中にはなっていないと思うからです。
戦争も個人の争いも、貧富の差も、円安も温暖化も解消できるでしょうし、数億人のソクラテスやアリストテレス、エジソンやテスラ、ジョブスやゲイツ、ゲーデルやアインシュタインが生まれているはずです。
しかし、今より少しだけ上等な「教育」を行うのであれば、「AIによる教育」を導入すればいいと思うのです。
それが「ユートピア」になるかは、関わり方によると思いますが・・・