今回は、「教育に ” コペルニクス的転回 ” は起きたけれど・・・」というテーマで少し考えてみます。

” コペルニクス的転回 ” とは、
物事の見方が180度変わってしまう事を比喩した言葉。あるいは、既存の物事を根本的に転換させた視点で考察する際の表現。 コペルニクスが天動説を捨てて地動説を唱えたことに喩えている。
ですね(今更言われなくても誰もが知ってると思ってますが、、、)。
カントが、
従来の「認識は対象に従う」:人間の心は、外界の対象から情報を受け取り、それを受動的に理解する
という考えを、
「対象が認識に従う」:人間の認識能力(感性・悟性)が、対象をある枠組みの中で捉える。つまり、私たちが世界をどう認識するかは、私たちの認識の構造によって決まる。
と「純粋理性批判」で唱えたことにより、、、というのはどうでもいいのですが、
「教育」というモノの捉え方も、 ” コペルニクス的転回 ” は起きました。
つまり、それまでの
「教える側からの教育」
「知識・スキルを伝承する教える教育」
から、
「学習者主体の教育」
「教えない教育」
となったのがそれです。
今では、少しまともに「教育」を考える人たちの認識・思考はそのように ” 転回 ” したと思います。
そして多くの研究者たちが「学習をサポートする」方略やモデル、理論などを考え、世に出してきました。
しかし、実状況は何も変わっていません。
いまだに学校や企業では、「教師・教授・教育担当」といった人たちが「学習者」に対して、 ” 知識・スキルの伝承 ”を行っています。
こういった内容については、これまで何度も記してきましたが、今回は、自分自身の思考も ”コペルニクス的転回 ” が必要ではないか? と思うようになりました。
そこで、
” 現場の教育を行う人たちの思考・行動は、なぜ変わらないのか? ”
ということばかり考えていましたが、
” 現場の教育を行う人たちの思考・行動は、変わる必要などない! ”
と、断言してみることからスタートしてみてもいいのではないか、、、と。
昔流行った「他人は変わらない」などという下らないビジネス書と同じような発想で情けないのですが、、、
” 教育を行う人たちの思考・行動は変わらない、変わる必要などない ” という視点から「教育」を考えていくこと
が、実は ” 正論 ” であり、” 近道 ” なのではないか?
これまでは、彼ら彼女らを ”変える(もしくは変更・排除する) ” 方略や思考などを学び、紹介してきましたが、
”「教えたい」教育を行う人たちが提供するモノ ”を、少しでも ” 有効 ” にするにはどうすればいいか、、、
ということを少しだけ探していこうと思っています。
まず最初に、これまでずっと批判してきた
” ご講演座学 ”
をどのように ” 学習 ” に結びつけるか?
ということをテーマに考えてみるのもいいのではないか? と思った次第です。
単なる参考や世迷言(?)として ” ご講演座学 ” を取り扱うのではなく、無条件に「知識・スキルを伝承する教える教育」を肯定し、いかにすれば、効果的・効率的な学習ができるか? などとと思うのです。
いつものように、 ” ふとした思いつき ” ですから、明日には変わっている可能性はかなり高いのですが、、、、
人間だもの・・・