今回は、「主体的、対話的で深い学び」について考えてみます。
(主体的、対話的で深い学び)
日本の教育改革における重要なキーワード。
新学習指導要領で強調されている。
21世紀に求められる「主体性」や「多様性の理解」、「複雑な課題解決能力」などを育むための重要な教育方針。
「主体的」
学習者が自分自身の意欲や関心に基づいて、自分で学び、考え、行動することを指す。単に教師から教えられるだけではなく、自分で課題を見つけ、解決策を考える力を養うことが重視されている。
「対話的」
他の学習者や教師、さまざまな人々と意見を交換し、互いに学び合うことを指す。対話を通じて多様な視点を理解し、自分の考えを深めていくことが重視されている。
「深い学び」
学びの内容を表面的に理解するだけでなく、深く理解し、それを自分のものにすることを指す。その学びを他の知識やスキルと結びつけ、新しい状況に応用できる能力を養うことも含まれる。
(主体的、対話的で深い学びを実現する方法)
・アクティブラーニングの導入
アクティブラーニングは学生が能動的に参加する学習法で、ディスカッション、プレゼンテーション、グループワークなどが含まれる。学生は自分自身で考え、意見を発表する機会を得ることができ、主体的な学びを促す。
・プロジェクトベースの学習
学生が自分たちで課題を設定し、それを解決するためのプロジェクトを進める方法。学生は自分たちの興味や関心に基づいたテーマを深く探求する機会を得られる。
・フィードバックと評価の活用
学生が自分の理解度や進度を把握し、学びを深めるためには定期的なフィードバックと評価が必要。教師からのフィードバックだけでなく、学生同士の相互評価や自己評価も含まれまれる。
デジタルツールを使用することで、学生は自分のペースで学習したり、他の学生や教師とオンラインでコミュニケーションを取ったりすることが可能になる。AIやビッグデータを活用すれば、個々の学生に合わせた学習プログラムの提供や学習効果の分析も可能になる。
というような感じです。

「主体的」、「対話的」、「深い」、確かに学習にとってどれもが必要なことだと思います。
特に「主体的」と「深い」は、これまでの「広く浅い教育・学習」を転化するいい機会かもしれません、、、
「対話的」というのも、自分に無い知識・スキルを他者との対話の中で得ることができるかもしれないので否定はしませんし、一般的にはよいことなのでしょう。「アクティブラーニング」や「PBL」が方略として挙げられているのはそのためですね。
では実際に、「主体的、対話的で深い学び」が実現できる ” 場 ” はどうでしょう?
お国のお達し(?)ですから、当然、
・小学校
・中学校
・高等学校(&高専)
・大学校
”全てが対象” となります。
現実的な考えとして、「主体的、対話的で深い学び」が実現できるような ” 場 ” は、
・高専
・大学校(&院)
くらいしかないと思います。
「小学校」は、基礎的な知識・スキルを「教えられて」学ぶ必要がありますし、「中学校」「高等学校(普通科)」は”受験のための学習”をする ” 場 ” であるからです。
21世紀だからといっても、” 受験 ” の「構造」「体制」は変わっていません。それどころか、大学入試においては、「総合型選抜」などというわけのわからない形態の割合が増えたり、「女性枠」を作ったりと、更なる混乱も、、
こういった ” 場 ” の「構成」「構造」をまずは変更しないと、いくらお国から「主体的、対話的で深い学び」と、通知されても「方略」を考えることくらいはできますが、
「学習者のためにはならない」
のではないでしょうか?
この「構造」の中で、中学生、高校生が「主体的」に学習しようとすれば、大学へ行くための科目を選択するでしょうし、「深い」学びは受験対策には必要ありません。
” 広く浅い知識 ” を記憶することが殆どの受験対策では「対話」することはムダと考えられることも多いでしょう。
受験のための学習を行いながら、「主体的、対話的で深い学び」ということが可能なのは、ごく少数のスーパー中学生、スーパー高校生に限られると思うのです。
まして、それを実施しようとする先生様たちは、「教育・学習」について学んでいないし、学ぶ時間も気力もない、、、
だから、
・単純にPCやタブレットを使って、
・グループワークをして、
・意味のない課題を総合的に
と考え、、、、てしまうのです。
とはいえ、高専や大学においては「主体的、対話的で深い学び」は非常に重要な指針だと思います。
考え方自体は、”正論” ですし、”そうあるべき”です。
” 場 ” や ” 構造 ” が変わり、「主体的、対話的で深い学び」を行うことができればどれだけいいことでしょうね?